何かに酔う人生

大学時代の結婚式でした。

久しぶりに会えた友人が多くて、めでたくて懐かしくて楽しい1日。

感じたことは「こうありたくない」を強く感じたことと、意外なメンバーとのこの先のことでした。

こうありたくない

酒に飲まれて下品な姿を見ることが多かった。

自分も半年くらい前までは酔っ払うと下品だったと思うので人のことは言えないのですが、酒で狂っていく大人をシラフで見て、マジで酒をやめてよかったと思った。

あと酔った勢いで無茶苦茶やるのおもしろくなくて、披露宴会場の円卓に置かれた中央の花をへし折った時にはマジでドン引きした。

話題に関してもせっかく久しぶりにあったにもかかわらず、最後に嫁を抱いたのはいつか?とか、嫁以外の女と遊んでいる話とか、酔っ払って起きたら全然知らない駅で寝ていた自慢とかで、それの何が楽しいの?と思った。

意外なメンバー

ひとくくりに大学の友人といっても、そのメンバーの中には特につるんでいた時間が長いやつもいれば、個別に飯は行ったりしないけど会えば楽しいみたいなやつもいる。

今まではつるんできた時間が長かったやつとつるむ時間が多かったけど、つるんできた長さの分だけ凝り固まった「あの頃」があって、今でも変わらないまま自分都合な話をされても付き合いきれないし、ちょっと最近思っていることを言えば「お前はかわっちまった」と言われる。

それよりも普段からあまり個別でつるんで来なかった連中の方が、実はあの頃からこんな考えがあったとか、今の職場でこうだからもっとこんなことしたいとか、今後はこういう生き方をしていきたいとか、一緒に何かできたら楽しいねってが話せて新鮮でよかった。

何かに酔う人生やめたい

そんな昨日からの学びは、何かに酔っ払っていないとやっていられない人生はやめにしたいということ。

酒やタバコ、女やギャンブル、そして夢。

別に当の本人たちを否定はしないけど、これらは少なからず現実を一瞬忘れさせる作用がある。

忘れたくなるような現実を生きていると、何かに酔っていたくなる。

特に感じたのは夢に酔うこと。

夢は大事。だけど、自分の夢に酔いすぎて現実を直視できず、酒の勢いで酔っ払って醜態を晒すのであれば、それは本当に大事な夢なのか?

自分の体や家族を蔑ろにしてハメを外すために普段生きているのなら、その夢は自分の大切なものを壊すんじゃないの?それがやりたいことではないはず。

だから自分は、何かに酔っ払いたくなるような現実を生きたくない。

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